泥(出し)の世界

前述果物屋さんの場合は、「泥出し」というよりは、もうクリーンアップの、最後の段階だった。僕らはまず、棚の上や床に乾いてこびりついた泥(灰色)をタワシでこすり落とした。次に、店の前まで運んだ散水車からのホースを店内に伸ばし、水をいたるところに流し、それから床の泥を洗い流す。津波の高さは1メートルを越えていた。壁のタイルの目地をさらにタワシでこすり、仕上げに何度も雑巾で拭き上げていく。最後に、壊れた壁をビニールシートで覆った。
(写真は、「37 frames」より)
別の日に担当した飲食店は、あの津波以来、いちども手がつけられていない店舗だった。そこは漆黒の泥で覆われた異世界だった。ありえない角度に傾いた業務用冷蔵庫が入り口をふさぎ、中にはガラス、食器、什器、家具などがめちゃくちゃに放り出されて、泥の中に埋まっていた。一ヶ月たって、このような状態であることに、被害の大きさと、(たっくさんの)人手の必要性を痛感する。オーナーと家族だけだったら手がつけられない!
作業は店内にあふれるあらゆるものをまず外に運び出すことから始まった。
僕はこの日、ヘッドライトを忘れたので(窓もふさがれているので、灯りがないと何も見えない闇だ)、チームの数人が店の奥から運び出したものを、ワンブロックほど離れた瓦礫置き場まで一輪車で持っていく役目だった。泥の詰まった土嚢袋(重い)、泥をふくんだ畳(重い)、割れた食器、割れてない食器、さまざまなものを運んだ。
作業は当然、一日では終わらずに、翌日、別のチームに引き継がれ、泥出しされていった。