『SPEECHLESS』


山口洋・細海魚のアルバム『SPEECHLESS』。ライヴ盤というのは瞬間を記録し、聴いた人が追体験できるものだけど、このアルバムはちょっと違う。
レコーディングは普通にツアー中の一会場でされた。その録音データは山口洋の手によって注意深く検分され(一ヶ月をかけたそうだ)、演奏だけの「骨」となり、そこにいくつかの新しいピースが織り込まれた。
できあがったファイルは細海魚に送信されて、今度は二ヶ月かけて鍋で煮込まれた。いや、煮込んじゃいないけど、細海魚はそれにロイヤルな魔法をかけて、「一晩の記録」ではないタイムレスな音楽に仕上げた。最後に二人でいくつかの音を足し、アルバムは完成した。
だから、ライヴでは存在してなかっただろう見知らぬ曲タイトルもクレジットされている。「本当にプレシャスなもの」が抽出された、緻密なサウンド。だけど、口ずさめるという歌の力もある。ベースもドラムもいないのに、BEATLESSではない。「STILL BURNING」なんてずいぶん進化してるよなー。この曲が初めて披露されたときは(2003年だった)、リズムボックスとアコギ一本の演奏だったのに。
新曲「Starlight」では「振り返らずに走る それしかできないから」と歌われているけど、そうだろうか。このアルバムの音を聴き、その手法を知ると、振り返ることによってその意味を、構造を、時制を変えられる「過去」もあるんじゃないかと。思いっきり直面して、ごしごしと「骨」まで削りながらも歩みを止めずに夜明けの歌を探しにいく。そんな轍(わだち)が見える。轍刻み系のアルバム。そういうところにすごく共感する。
失ったファンタジーだって取り戻せる。過去なんて書き換えられる。丹念に磨いたレンズじゃないと、遠くの星の光は見えない、みたいなタフさはあるだろうけど。ジョー・ストラマーが「Future is UnWritten」というなら、それに「Past is ReWritable」と足す。
HELLO REGRETS、後悔よこんにちは。そうすれば、そんなのそんなに怖くなくなる。
スピーチレス 山口洋/細海魚
http://no-regrets.jp/heatwave/disc/2011/speechless/index.html
アルバムのテーマである光について。
僕の好きなエリザベス・ムーンの小説より以下の言葉。
〈外は暗い。われわれがいまだに知らない暗闇である。それはいつもそこで待っている。それに、そういう意味では、いつも光より先にいる。暗闇の速度は光の速度より速いのではないかと元ルウ(※主人公)はいつも悩んでいた。いまのぼくにはそれがうれしい。なぜならば、もしそうなら、ぼくが光を追うかぎり、ぼくはぜったいに終局にたどりつくことはないだろうから。〉