AAF学校2009『思考の基礎体力』

tuktukcafe062009-12-02

アサヒ・アート・フェスティバル AAF学校2009『思考の基礎体力』という連続講座が、東京浅草のアサヒ・アート・スクエアという会場で月に一回開催されていて、11月30日の最終回(第9回)には沖縄からカクマクシャカが「講師」に抜擢された。ラッパーのカクマクシャカがどんな話をするのか興味があったし、ライヴ時のバックDJを頼まれたので、喜んで(同時に、バックDJなんてできるのか不安を抱きながら)浅草に行ってきました。
第9回:11月30日(月)19:00〜21:00
〈芸術と政治II+クロージング〉講師 カクマクシャカ、加藤 種男
社会の〈違和感〉に果敢に挑もうとするアートの主体たちは、すでに政治的当事者たりえるだろう。では、その当事者たちは、いまどこに立脚し、地域をいかに捉えようとしているのか。そして、その〈姿勢〉はどうあろうとしているのだろう。AAF学校最終回は、「芸術と政治」について沖縄在住のミュージシャン・カクマクシャカアサヒビール芸術文化財団事務局長・加藤種男が対談する。
加藤種男(かとう たねお):アサヒビール芸術文化財団 事務局長。1948年生まれ。アサヒビールの社会貢献部門を幅広く担当。特に企業による文化振興の旗振り役として、企業メセナ協議会研究部会長。横浜市芸術文化振興財団専務理事を兼務し、地域創造に取り組む。日本NPOセンター評議員、アートNPOリンク理事。共著に『社会とアートのえんむすび』(トランスアート)などがある。
カクマクシャカ:ミュージシャン、覚醒ORG主宰。地元・沖縄にて活動するカクマクシャカ。ジャンルに囚われずメッセージ性の強い表現で加藤登紀子shing02などさまざまなアーティストとのコラボレーションを生み出してきた。shing02坂本龍一らによる「stop-rokkasho」プロジェクトに賛同し制作した楽曲をサイトにて公開中。
最初にこの「学校」をオーガナイズしたアートNPOリンクの代表樋口さんとremoの甲斐さん(前日まで「ヨコハマ国際映像祭」で、「アクティヴィズム3.0」を「いるといらとそのなかまたち」と共謀していた人! なんというつながり!)が、これまで8回の講座の流れを説明する。ふむふむ。ここでもアクティヴィズムがアートとの関連で濃く、濃く、語られていたようだ。
カクマクシャカとDUTY FREE SHOPP.による「民のドミノ」の歌詞がステージ後方の巨大スクリーンに映し出され(客席にも歌詞のプリントアウトが置かれていた)、その曲が流れてから、今日の講師、カクマクシャカと加藤種男さんが登場した。年齢差30歳以上。
2004年夏、沖縄県宜野湾市にある沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落して炎上した。カクマクシャカの弟が通う大学。夏休みだったので死者はでなかった。事故現場は米軍によって封鎖されて、日本の警察も現場検証に入れなかった。異常な事態。でも沖縄では米兵が事件や事故を起こすことは非日常的なことではなく、このヘリ墜落にも「ああ、またか」ぐらいのことだったらしい。日本のメディアは歌詞にもある通り、当時はアテネ・オリンピックに夢中だったし。でも、カクマクシャカにはなにか違和感があった。それで、ペンをとり、彼にとって初めてのラップとなるライムを歌詞をノートに書き出していった。膨大な量の単語と、想い。だからラップは高速となった。DUTY FREE SHOPP.の知花竜海とのレコーディングはすぐにおこなわれ、できた曲はCD-Rに焼いて500枚、無料配布された。ダウンロードもできる。いまでも。それがカクマクシャカのラッパーとしてのスタート。
講義というか、対談では、その高速ラップ以上に加藤さんが雄弁に語り始めだして、8割ほどマイクをキープ。カクマクは途中に口を挟むだけ。「民のドミノ」の中の、“命は基地と隣り泡瀬”という言葉遊びを、「泡瀬干潟を埋め立てるなんて自殺行為だ」といきなり断言する。受講生たちは、“泡瀬”が“合わせ”の誤変換ではなく泡瀬干潟のことだとわかるのだろうか。注釈をどんどん付けていきたくなる内容だけど、沖縄に関心のある人だとおもしろいはず。でも不意にテーマが青森の六ヶ所村に飛んだりする。日本の自殺者が年間3万人以上もいるということに触れて、アーティストがこの問題に関与しないのは無責任だと叱咤する。アートの役割。他者との接点をつくること、などなど。カクマクが言う。「アーティストとしては、“××反対!”と言うのではなく、こうなったらいいのになという世界を高らかに歌っていきたい」と。
講義後の会場からの質疑応答がどれも素晴らしかった。ひとつめは最前列の女性から「カクマクシャカ」というアーティストネームの由来について(→)。ふたりめは、大学3年生だという男性が、「先日、就活に異議を申し立てるデモを大学内でした。でも、弾き返された。表現をしてそれを弾かれたときにどうすればいいのか」という意味の質問。カクマクは、「弾かれされたら僕もショックを受ける。悲しい。でも、ていねいに、何度でも、届くまで、歌う」と答えていた。加藤さんは、付け加えて、「テーマを少しずらしてみるのも重要」と言っていた。就職活動というのが本当にいま必要なものかどうか、長い人生の中で5年間ぐらい違うことをしても問題ないということ。「ていねいに、何度でも、届くまで」という回答は、スコーンって打ち返された気持ちになったなあ。
最後の質問者は、ラッパー志望者の若い男性で、「日本の自殺者にまで、自分の作品が責任を持てるか考えたことがなかった。表現に対して作者はどこまで責任を持つべきか」という問いだったのかな。カクマクは、「どんな作品でも、作ってまず最初に聴くのは自分自身。その自分が納得したものを発表する」と言ってたような。ここらへん、僕は次のDJのことでほぼ頭がいっぱいになっていたのであやふや。ごめん。
いったん5分間の休憩をとり、その間に椅子が片付けられて会場は教室からダンスフロアになり、僕はコツンと拳をカクマクとぶつけあってから、DJブースに立って、あとはカクマクシャカのステージ。スクリーンには樋口さん、甲斐さんが編集してくれた沖縄の映像が流れていて、最後の「ANETTAI」では、会場のみんながカチャーシーを踊ってくれた。カクマクシャカ本領発揮。
音アシャギ(DVD付)

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僕がカクマクシャカに初めて会ったのは2005年4月。そのときに収録したラジオ番組がインターネットで聴けます。
DUTY FREE SHOPP×カクマクシャカ「FAR EAST NET RADIO special」Part1/Part2
http://www.five-d.co.jp/fer/report/index.html