高尾山天狗トレイル

去年の11月、裏高尾に迷い込んで「ドリームキャッチャーバリケード」に参加することから始まった、高尾山の自然を守る環境NGO「虔十の会」(ケンジュウノカイ)とのおつきあい。今年3月には「バカ環」にスタッフとして参加させてもらったし、高尾山だけではなくいろんな環境系イベントで「虔十の会」のみなさんとはお会いしています。いつも笑顔で迎え入れてくれる、タフで、機知に富んでて、(一旦事を始めると)すばしっこい人たち。今年の夏に遊びに行ったフェス「ひかり祭り」も「虔十の会」が全面サポートしていて最高だった!
だから、「虔十の会」が全面サポートの「高尾山天狗トレイル大会」に出場するのも、ランナーになった僕にとっては一年前からの夢でした。とはいえ、普通に道路を走るマラソンとは違って、山の中を走るトレイルランは未体験。それでも、それなりにロードでの経験は積んできて、フルマラソンも走れるようになったので、いくら山の中とはいえ18キロならなんとかなるだろうと思ってエントリーしたのです。ところが前夜から雨。トレラン用の装備をする余裕はなく、ロード用のものを流用するつもりだったのですが、「靴をどうしよう?」かと、「ひかり祭り」も一緒に行ったマラソン仲間のkwlskiさんと前夜、急遽電話で相談し、フジロックで活躍した長靴(日本野鳥の会の逸品)とランニングシューズの両方持って行こう、それとカッパでなんとかなるだろうと安易な素人結論を下しました。僕らふたりともトレランはこれが初挑戦でなんにもわかってなかったのです。
中央線が八王子駅を過ぎる頃から、車内の乗客はトレッキングか、天狗トレイル出走者ばかりになってくる。トレラン装備の男性に話しかけてみると、ランニングタイツや走りながら給水できる小型で高機能そうなバッグパック、トレランシューズと、僕らがもっていないものばかり。ウエストポーチすら持ってないロードランナーの僕らは、走ってる間に携行するものをどうするかなんて考えてなかった! 持っているのは長靴やカッパを入れた大きなリュックだけだし。
高尾駅でバスに乗り換え、約20分で裏高尾へ。受付会場でゼッケンと参加賞のTシャツ、計測用のICチップを受け取り、着替える。結局、僕の装備は、履いてきたやわなトレッキングシューズ(GORE-TEXだけど浸水する)と短パン、上はランニング用の長袖Tシャツに、もらったばかりの半袖Tシャツを重ね着し、その上にフード付きのカッパを着て、軍手を持つ。iPhone以外の他の荷物はすべて受付に預けてしまう。携帯電話を持って走るのははじめて。山の中の景色を撮ろうと思ったのです。水、携行食料なし(もちろんこの山をなめた姿勢はそのあと報いを受ける)。
スタート地点まで雨の中を20分ほどかけて登っていく。ひとり参加者が多い。女性ランナーも少なくない。みんなシューズやバッグパックはトレラン用の高機能っぽいものを身につけてるけど(そして誰もが鍛えた身体をしている)、中には雨対策が100円のビニールカッパや、ゴミ袋を頭と腕の分だけ破ってかぶってる人もいる。僕らは野外フェス(それも雨の野外フェス)の経験だけは充分に積んでいるので、雨に濡れたままの不快さには神経質なのだ。あと、スピードを重視してないから。
「虔十の会」の坂田さんの簡潔な挨拶(「高尾山がいちばん綺麗なのは実は雨の日なんですよ」と勇気づけてくれた)、タイ式ヨガのストレッチのあと、天狗にレースの無事を祈願してもらい(ほんものの神主さんだそうだ)、ゼッケンの色別に5分間隔でスタート。
走り出してすぐに思わず笑顔になってしまった。気持ちいい。雨の音、沢の音、木々や葉が揺れる音、みんなが土を踏みしめていく音。それらはカッパのフードをはずとくっきりと聞こえ、フードをかぶると、走りにあわせて揺れ耳に触れるフードの音がリズムを作る。緑の中を白いもやがかかった林道を駆ける。水たまりをよけ、落ち葉を踏みしめ走る。2キロぐらいのところで人がひとりずつしか通れない幅の上り道。みんな歩いて登るしかない。連なって登っていく。ロードだったらありえないことだけど、こういうことも初体験の僕にはいちいち楽しい。トレランといっても「ラン」だけじゃないんだなと、ここで悟って気持ちは楽になる。楽になるもののこの登り道がなかなか終わらない。このコース図の狐塚峠というあたりだ。まさに狐用の道かも。それに歩いて登るといっても、前の人のペースにあわせて遅れないようにするだけで精一杯。
このくねくねとした登り道を抜け、ようやく走れるようになっても、上り坂になるとスピードがぱたっと落ちる。無理をせず、後続者の気配がしたら横に寄り、抜いていってもらう。5キロ表示の地点でなんと1時間。昨日の10キロレースだったらとっくに走り終わってクールダウンもしていた時間。前途を考えて不安になる。まだ1/3も行ってないのだ。雨が降り続くトレッキングコースは、一般のハイカーもいなくて、彼らの邪魔をすることもなく一方通行で進める。5.5キロあたりの給水ポイントで一息つけた。こんなところまで水を運んできてくれたスタッフたちに感謝。立ち止まって二杯いただく。
コースは前夜からの雨のため大変なことになっている。ぬかるみ。最初は水たまりは避けていたけど、避ける道幅もなくなってきたので、そのまま水たまりの中を通っていく。下り坂では何度も滑って手でブレーキをかける。軍手していて正解。曲がり道などはコーナーにある樹に手をあてて、コーナリングしていく感じ。木の根っこは滑って怖いので泥に着地して進んでいく。速いランナーたちは「どうしてこれで転倒しないの?」と思うようなスピードで駆け下りていく。登り坂ではほぼ歩くスピードに落ち、下りは滑らないようにと慎重に行く僕も、ところどころにある走りやすい道ではスピードをあげてみる。幅が50センチぐらいしかないからノロノロしていると僕を抜きたいランナーに申し訳ないのだ。
要所要所に立っていて遭難しないようにコースを指示してくれるボランティアスタッフには本当に頭が下がります。「ここから急な下りになります」とアナウンスされた場所は、これが泥じゃなくて雪だったらゲレンデになるような斜面。また、身体が不意に外側に揺れてしまったら滑落するような幅の狭い道もある。それでも慣れてくると(もちろん熟練のトレランランナーみたいなわけにはいかないけど)、安全そうな着地点を一瞬で判断しながら走ることも、下りではなんとなく(あぶなっかしくも)できるようになってくる。トレランはロードの走りとは別に、テクニックとときおり野性的な集中力が必要。
それともうひとつ必要なのは、装備だ。僕のトレッキングシューズは僕ぐらいの遅さでこの泥だらけの中を登り降りするには、ハズレではなかったと思う。でも雨の中、泥をかぶって走ると防水も何もない。まず、足裏の溝が泥で埋まる。溝が埋まるだけでなくて、靴自体が泥をコーティングして、泥の重量がくわわる。着地のたびに泥のせいで足が着地点から数センチ横に滑る。グリップしない。それを踏ん張って止めるのは筋肉の力だ。トレイルランニング用シューズだったら、泥や急勾配への効果はどれほどすごいんだろう。
装備でシューズよりもっと大事だと思ったのは水や食料の携行。雨で気温が低く、給水地も二カ所あるので、油断してた。マラソンではエイドごとに何か食べていて最後にはお腹が重くなっていた。だから何も持たなかったんだけど、恥ずかしい限りです。大バカです。12キロ地点で2時間半が経過(トップ選手はこのぐらいでゴールしてたそうです)。ここらへんでこれまでで初めての「ガス欠」を体験。エネルギー切れをはっきりと感じてしまった。心肺機能も筋肉も足の裏も問題はない。ただ、身体を前に動かす燃料の枯渇。頭の中でRCサクセションの「エネルギー」を歌っちゃいましたね。「誰かおいらにカロリーを」って。考えてみれば前日は夕方のピクニック(美味しすぎてたくさん食べた)以降、夜はサラダだけしか食べてなくて、今朝はパンだけだった。昨日のさつま芋のお菓子があればとか、食べ物のことを無性に考える。走れない。のろのろゾンビ。
と、そのとき受付会場でもらった「岩塩キャンディー」がポケットに入ってることに気づいたのです。泥だらけになった軍手をはがし、ポケットからキャンディーを取り出し、ビニールのパッケージをなんとか破って(その力と感覚すら弱まってた!)口の中に入れる! Oh, エネルギー! 僕の内燃機関が動き出す。足を前に進める。でもこんなときにお握りのひとつでも持っていたらと本当に後悔しました。
14キロ地点で給水ポイントがあり、そこで水ともうひとつキャンディーをいただきました。顔見知りのスタッフに会って、声をかけてもらうのも元気がでる。「しばらくはなだらかな下りが続きますよ」という声に励まされる。確かにしばらくはなだらか。これならあと一時間ぐらいゴールできそう。そしたら受付場所まで戻って温かい食べ物をなんでもいいから買うんだ、っていう思い。ところが、「ここからぬかるんでますから気をつけて」と言われた地点が、他のランナーも思わず声を出して驚く泥沼! つらいのに笑える。足首まで泥に埋まる。もうなんにも気にしないけど。みんな靴の色と足を含めた下半身の色が同じ泥色。さらにインディージョーンズ的な黄色い岩場を「SASUKE」のなんとかステージみたいにアクロバチックに下ります。
見覚えのある日影沢キャンプ場の近くで「あと残り1キロ」の表示! ここですでに3時間50分。ゴールまでの1キロ、普通だったら10分あれば歩いたって行ける。18キロだけど「サブ4」達成を狙うべきなのか。後ろのランナーも楽な下りになったので僕を追い抜いて走っていく。でも、岩塩キャンディーの微弱燃料を大事に使って歩いてる僕は(『鉄腕DASH』のソーラーカーが夕暮れに、止まらないぎりぎりのスピードで動いてるような感じ)走れない。ここからも長い。湧き水を焼酎のでっかい空きボトルに汲んでいる男性がいたので、僕も横でその湧き水を飲む。甘くて美味しい。高尾山に圏央道のトンネルが掘られたら、この湧き水も飲めなくなる。とぼとぼとゴールに向かって歩き始めた僕に、おじさんハイカーふたり組が「偉いねー」と話しかけてきてくれた。「あと500メートルぐらいだよ」と励ましてくれる。僕はこれ幸いにと、「もしお菓子か飴を持ってたら頂けませんか?」とお願いし、黒飴ふたつをもらいました。ゴールできたのはその黒飴のパワー。ありがとう。
「Finish」のゲートが見えたときはうれしかった。僕のタイムは4時間5分ぐらいで、フルマラソンの自分の持ち時間よりも遅い! でもこれが僕の実力で(全参加者の中でも下位だと思う)、ロードと違う初体験のトレイルランの難しさであり、魅力です。雨の中、走って歩いて登って下って滑って転んで、つらかったけどほんとーーっに楽しかったです。
靴ひもに結びつけていたICチップを外そうにも、靴ひもが泥で固まってるのと、指先に力がないのでなかなか外せない。ゴールした人たちは川に降りて、靴や足を洗ってるけど僕にはその力すらないので、泥だらけで受付地点に歩いてもどる。僕の前を歩いていた女性ランナーは、今日は来月の「つくばマラソン」(僕もエントリーしてる)への足慣らしとしてこの高尾天狗トレイルに参加したとのこと。こうやって大会ごとに知ってるランナーが増えていくといいな。
会場に戻って坂田さん、永友さんとハグ。いつも笑顔で楽しいことをたくさん教えてくれて、本当に感謝。荷物を受け取り、参加者がいただけるあったかいパスタにありつく。美味い! 身体に染みてく。
雨と汗と泥ですごいことになってた全身を着替えて(ここでも着替え用にTシャツと靴下、ウインドブレーカーしか持ってきてない装備不足を露呈。寒かった。野外フェスでの経験が全然いかされてない!)、kwlskiさんの到着を待つ。1時間以上待っただろうか、荷物の預かり所にkwlskiさんのリュックはあるからまだゴールはしてないはず。でも残りの荷物も5個ぐらいになってしまった。夕暮れ。冷えてきている。もしや遭難? 車道に出てずっと待っていたら、ついに、向こうから右足を棒のようにひきずりながら歩いてくるゾンビっぽいkwlskiさんの姿を見つけ、思わず駆け寄りました。kwlskiさんはスタートして最初のきつい登りで心配していた膝を痛め、落ち枝で杖(ツエ)を作って、それを使って完走したそうです! ロビンソン・クルーソーか! あきらめずにあの山の中を5時間以上歩いてゴールしたのはすごいことです。
これが僕の天狗トレイル初体験です。新宿でふたりで祝杯したビールが美味かった!