『現代ロックの基礎知識』

現代ロックの基礎知識

数年前に古本屋で買ったまま積んでおいた『現代ロックの基礎知識』(鈴木あかね著)という本を、昨日一気に読みました。こういうタイトルの本を買う理由は、たいてい資料のためであって、音楽ジャンルやスタイルなどの解説かなと中身を見ずにいままできたわけです。ところが、おとといの夜、本棚でふと手にとってぱらぱらとめくってみたら、第一章の題から惹かれました。「失業とは何ぞ?」というのがその章題。
巻末のプロフィールを読むと、著者の鈴木あかね氏はロッキングオンの英語通訳だそうです。イギリスのアーティストに売れない時代を訊ねると、たいがい「当時は失業保険で喰っててさ」という答えが返ってくるという。ここから、イギリスの失業保険や労働者階級の仕組みなどが、ロック好きなら注釈不要な固有名詞がばんばん飛び出す小気味のいい文体で解説されていく。
〈労働階級に生まれながらも、ちゃんと職に就けた時代もあった。思い出して欲しい。モッズ・ドキュメント映画『さらば青春の光』の見るからに幸薄そうな主人公は、ぶーたれながら月〜金で働き、金曜夜はクラブ、土曜はブライトンで狂ったように暴れていた。ビートルズの“ア・ハード・デイズ・ナイト”も、朝から晩まで犬のように働かされ、俺ぁもう厭だい。でも君がいるから頑張る俺なのさあ〜という歌だった。そう、60年代までは労働者階級も働いていた。週5日は労働、ささやかな快楽を「土曜の夜と日曜の朝」に求めるノーザン・ソウル。日本の会社員にものすごおく通じる日常があったのだ。これは数字でも裏づけられる。イギリスの戦後の失業率は70年代前半までは平均2〜3%。現在の日本レベル(注:この本は1999年に出た)をキープしていたのだ。ところが、70年代後半から失業率が一気にうなぎのぼる。(中略)早い話がこの時期、若者の5人に1人近くが失業していたのだ。80年代に思春期を過ごした労働者階級の若者といえば。そう、イアン・ブラウンであり、プライマル・スクリームボビー・ギレスピーであり、オアシスのノエル・ギャラガーであり、あなたの好きな今、20代後半から30代前半のアーティストはほとんど全員だったりする〉(第一章「失業とは何ぞや」より)
という感じ。でも、ここからイギリスの社会構造や経済史、そして、なんでこんなにも失業率が高いのにイギリスの若者は暮らせるのか(→失業保険などの失業者への支援体制の強さがわかる)が分析され、だけどもそこに浸ったままでいずに、「オアシスはなぜマンチェのプーにならなかったのか」が考察される。ここが、おもしろい。
この本は、ロックを通してイギリスやアメリカの社会がわかるカルチュラル・スタディーズ。素晴らしいアルバムを聴き終わったときのように、最終章まで読み終わると感動に包まれます。
章題を以下に記していきます。「失業とは何ぞ?」「うつ病とは何ぞ?」「ドラッグとは何ぞ?」「階級とは何ぞ?」「フェスティヴァルとは何ぞ?」「ゲイとは何ぞ?」「ファッションとは何ぞ?」「チャリティーとは何ぞ?」「ツアーとは何ぞ?」「女とは何ぞ?」「ロックは儲かるのか?」「アイルランドとは何ぞ?」「90年代の闇」。
もっと早く読めばよかった。あと、この本で取り上げたテーマはほぼ90年代のことなので、21世紀、ゼロ年代のロックも、鈴木あかねさんに書いてほしいです。すでに書いていたらごめんなさい(そしたら買います!)。