世界中のファンを敵にまわしていたある日本人女性の講演会

夕方、学習院女子大学に行ってきました。
僕は講堂内で観ることのできるチケット抽選には落ちていて、モニターのある教室での拝聴。でも、いいのだ。彼女の講演を聴ける(同じ建物の中で!)機会なんて滅多にない。モニター教室にも100人近くはいたのかな。大学生ぐらいの年齢から、彼女と同級生ぐらいのご年輩の方たちまで。
モニターに映し出された講堂ステージ。袖にまずは学長が現れ、彼女の講演が実現した経緯を説明した。ここの卒業生で〜云々。驚いたのがこの講演は広告代理店が絡んでるのでも、高名なイベントプロデューサーが指揮しているのでもなく、学生たちが企画運営したとのこと。しかも無料! 偉い、学習院女子大生! 来客者へのホスピタリティもばっちりでした。
そして、彼女が登場。胸元が大きく開いた黒のベストに黒のスーツにサングラス。ジャケットの袖口には銀の縁取りがある。母校の講堂に立ったことを「感慨無量」と口にし、「まずは映像を観て、最近の活動を知ってもらってから質問に答えます」と、すぐに舞台を降りて、ステージに映像が映し出された。光の点滅でメッセージを伝える彼女のあの「コード」や、2007年にアイスランドに建立されたライトタワーについての映像が編集されたもの。彼女のインタビューが挟み込まれている。
映像が終わり、ステージ中央、椅子に足を組んで座って彼女の話が始まった。あらかじめ用意されていた学生たちからの質問を読みながら答えていくというスタイルらしい。しかし、正直なところ話はあんまり流暢に進まない。質問に答えがマッチしていかない。
推測するにその理由はまず、彼女はアーティストであり、そのメッセージは作品やパフォーマンスに全て込められているということ、もうひとつは異国での生活のほうが長く、日本語で微妙なニュアンスを表すのはちょっと不自由に思えること。そしていちばん大きなのは、彼女自身がとてもとてもとてもポジティヴなこと。それは「スピリチュアル」と言えるぐらいの領域("i don't believe in"なジャンル)にも踏み込んでしまいそうなほど。
だから、学生たちの「恋愛と結婚は別ですか?」とか「"女性"について一言で言うと?」などというしょぼくて、そんなの彼女に訊かなくてもそこらへんのカウンセラーと話してればと思えるような質問(さっきは誉めたけど、ごめん、学習院女子大生)には、全部、「とにかく自分らしく、毎日をどうやって充実させていくかなのよ」という答えに収斂されてしまうのだ。彼女のメッセージの核になっている「世界平和」についても同じ。「自分らしく生きて、それに充実感があれば世界は変わります」と。うーん、それは彼女のようにモーレツに自分らしくあること、充実感を希求していたら、彼女にひっぱられて彼女の周辺から世界は変わっていくだろうけど、誰もが彼女のようになれるわけではないし……。
「人生最期の食事と場所はどうしますか?」という質問に対して、「どうしてそんなこと訊くのかしら……どこでもいいわ」とあっさり斬り捨てた彼女には、僕も心の中で全面的に同意したけど。
ここから彼女が立ち上がり、ステージ前方に移動し、観客に質問を求めた。客席はもう、すごく熱い。だって彼女と会話ができるのだ。ファンなら緊張するのは当たり前だ。歴史と直面してるのだ。ある女性は、質問の途中で感極まって泣き出してしまった。「あなたが***を解散させたと、世界中から非難されてるとき、*****だけが、記者たちの前で"I LOVE YOU"と何度も発言して、世界からあたなをかばってくれました(ここで泣き崩れてしまった)……」。そう、彼女は世界中の***ファンを敵にまわしたことがある。でも彼女は、そういった嫌悪、憎悪を、「愛」に変えていったと言う!
「どうやって嫌悪を愛に変えられたのですか?」という質問が別の女性からあった。
「*****が一緒にいて、愛してくれたから。それに私はアーティストで、アートに力を入れてましたから、ちょっとイヤだなと思ったことはあっても、私の生活には影響がなかった。アーティストにとっていちばん怖いのはインスピレーションが枯れてしまうこと。でも、*****が一緒にいてくれたことで、そんな苦労が教育になった。どんどんインスピレーションが生まれてきた」。そんなふうに答えられる強さ!
  「*****が死んでから、世界中の人が同情してくれたけど、逆にそれまで身近にいた人たちからの虐めが響いた。彼がいないから私はもう耐えられないと思った。だけど、息子のためにだけでも生きなくちゃと思って……。夜、眠る前に、"Bless you, bless jack……"というように自分の心の中に在る名前を繋げていった。そうしたら自分の中に在る名前というのは、自分に対して悪いことをした人たちの名前ばかりだった。優しくしてくれた人たちの名前よりも、そういった人たちの名前の方が先に出てくる。そのぐらい嫌悪の力は強い。だから、眠りに落ちるまで毎晩、思いつく名前に、"Bless you, bless..."と祝福していった。そうしていったら嫌悪を「愛」として受け止められるようになり楽になった」と。
つまり、あの光の点滅でメッセージを伝えるパフォーマンスも、「あらゆる機会で"I LOVE YOU"と表明してください。お互いが"I LOVE YOU"と言うのを恥ずかしくならないような世界を創りたいと思います」という今日の発言も、世界でもっとも人気のあったバンドを解散させた原因は彼女だと非難され、世界中のファンからの憎悪を受け、信じがたいことにそれを「愛」に変え、創造のインスピレーションにできた人だからなのだろう。
もちろんそのバンドとは、ビートルズであり、彼女の側にいて、世界の憎悪から彼女を守ってくれた人とはジョン・レノンのことだ。
"Please give peace a chance"と、彼女がステージ袖のスタッフに声をかけると突然大音量で四つ打ちのビートが飛び出してきた。講演会の音量ではなく、コンサートの音量レベル。
彼女が踊り出した。そのまま観客をステージに招き上げて、ハグし、手を繋いだまま掲げ、くるりと回転する。次々とステージに観客が上がり彼女にハグされていく。音楽には、彼女のボーカルが乗っている。ライム? "give peace a chance"や、"time for action"というフレーズがキャッチできる。ステージが観客でいっぱいになって、彼女がその輪の中心になった。拍手。音が消えて、彼女がステージから去って、オノ・ヨーコの講演会は終了した。
追記
オノ・ヨーコは超人的なアーティストだから、あるいはジョンがいたからそんなふうに考えられるのでは、と彼女のポジティヴ・シンキングの理由すべてを、感動しながらも単純に「整理」してしまいそうな僕だったけど、"you may say i'm a dreamer"の次のフレーズや、"war is over"に続くフレーズが、ふと頭の中に浮かんだのです。やっぱりそこの部分が大事じゃないかと。
・4年前の武道館で観た彼女もステージ上で次々とゲストの手を取り、くるくると回りながら踊ってました。そのときのレポート、こちらのblogのいちばん下で僕がレポートしてました。コメント欄の、FAR EAST SATELLITE名義。