ソルト/チアパス

夜、新宿の映画館に行く。観た映画は『ソルト』。いつものように前情報をほとんど入れることなく観た。悲しい気持ちになりそうな映画以外だったら何でもいいのだ。英語に「movie goner」という言葉があるけど、僕も映画館に「行く」のが好きなだけ。『ソルト』は、アンジェリーナ・ジョリーが活躍するスパイ映画だった。甥っこ(2歳)の口癖をマネするなら、「ムチャだよー」という展開。でも、きらいじゃない。続編も観に行く。来月は『バイオハザード4』も観に行かなくちゃ。
きっともういろんな人が書いてると思うけど、超高齢者たちの所在不明報道には村上龍の小説『希望の国エクソダス』を連想してしまう。小説では80万人の中学生だったけど、現実は老人たちだ。
ほら、半年ぐらい前にメキシコのチアパスで「サパティスタ」に加わった老人がテレビで話題になったでしょ。世界のニュース映像を買い集めてスタジオで芸人がトークしながら紹介する番組。「海外にひとりで暮らす日本人」という映像のひとつ。白い霧が山頂を隠している山のふもとにその村はあったね。現地のサパティスタと同じ黒覆面の姿で、遺伝子組み換えをしていない大豆を栽培して豆腐の作り方を教えていた、あの老人。
覆面から覗く眼は明らかに東洋人のものだったし、彼がしわがれ声で、完璧に正しい文法のスペイン語(だからこそネイティヴじゃないと疑問を抱かせたんだけど)でインタビューに答え、「日本には何もない。もう、たくさんだ!(YA BASTA!)」とテレビカメラに向かって放った言葉。スタジオの芸人たちは何事もなかったように次のビデオにさっさと進めていたけど、あの映像に触発された老人(アフガニスタンの例の少年が「ナマムギ」と呼ばれたように、当然この老人はその後「ヤバスタ」と呼ばれるようになった)はこの国にもたくさんいたんだ。彼らは、1973年、日本から南米への移民が廃止されたとき、すでに高度成長・日本の中堅を担っていた世代だった。あのときは移民船に乗り遅れたんだ。そして年を取り、日本社会からも家族からも放り出された今、メキシコに「サパティスタ」という、新自由主義の浸食に敢然と立ち向かう共同体の存在を知ったんだ。今も続々と、老人たちはチアパスを目指してるらしいよ。 「もう、たくさんだ」と公然と口にし出した人たちは他にもいる。みんな、あの老人の言葉から始まったんだ。