スノートレイル2

昨日の日記の続きです。
一昨日は一日中雨(高尾では雪だったらしい)、今日は午前11時頃から都内では雨が降り出しています。だから、昨日の天気はラッキーだったと思う。前日に積もった雪の上を走る快感。「高尾天狗トレイル」と同じ小下沢林道入り口から走り始めて、少しするともう僕らの前に人の足跡はない。小動物の足跡が川沿いに見えるぐらい。ふかふかの雪の上を駆ける快感ときたら、アスファルトの上を走るのとは比較にならない!
山を熟知して、さらに元・競歩の選手だったというTさんが、僕ら4人のグループのしんがりを務めてくれることになった。トレランの装備をびしっときめたSさんは、Tさんと走る。僕はTさんに「一本道だから(道なりに)行ってください」とトップをまかされてしまった。kwlskiさんは僕の後ろにつく。
空は晴れなのに、コース上は粉雪が降っている。木々に積もった雪が粉雪のように落ちているんだけど、その光景がとても美しい。でも、これは想定してなかった。雨や雪の予報はなくても防水のアウターを着てくるべきだった。落ちてくる雪が染みてくる。僕のこの日の格好は、長袖のランニングシャツの上に、半袖のシャツ(どちらも発汗のいい素材)、下はタイツ(CWXではなくて普通の綿のもの)に、ランニングパンツ。靴は前回使ったトレッキングシューズは走るには重すぎるので、普通のロード用のランニングシューズ。手には軍手。頭にはpatagoniaのネックマフラーを耳当てとして使用。軍手は、滑って地面に手をついたり、下りでスピードが出過ぎてしまったときに(よく滑るのだ)、木の幹に手をついてブレーキをかけることがあるので必需品。それと、前回の反省を活かしてデイパックを背負った。中身は水のボトルと、エネルギージェル。ロードのマラソン大会だと給水ポイントやエイドステーションがあって、途中で水も食料も補給できるけど、トレイルランでは自分で持つしかない(もちろん大会ではエイドステーションが設置されるだろうけど、今回は自主的な走りだし)。途中に水道や、自動販売機なんてないのだ。でも水とエネルギージェルだけじゃまったく不備だったということが後で判明する。前回携帯したiPhoneの代わりに、デジカメも持った。でもこれも失敗。
こういう、トレイルランやトレッキングを経験している人なら当たり前のことも、僕なんかはひとつずつ経験から学んでいくしかない。それが楽しい。学びたいのは、トレランの快感をもっと得たいからという単純な理由。トレランならではの走行テクニックとか、スピードとかは、いまの段階ではどうでもいいです。昨日みたいな真っ白のトレイルに出会ったら、そこで走るだけで、初めて雪を見た小学生の自分に戻ってしまう。僕が生まれ育った静岡は温暖な気候なため、小学校低学年まで雪を見たことがなかった。静岡に歴史的な雪が降った日、小学校は授業をとりやめ、全校生徒で駿府公園に見学に行き、2センチ積もった雪を堪能したぐらい、雪は珍しい土地に育ったのです。
八王子を見下ろす頂にたどりつき、あとは下りのみ。山道を抜け、雪が積もった林道に出るとあまりの気持ちよさに、同じく静岡出身のkwlskiさんが先頭をきって走り出した。僕も追走する。追い抜いたり、並走したり。静寂の中、聞こえるのは雪が落ちてくるかすかな音と、遠くの沢の音だけ。
昨年10月の「高尾山天狗トレイルラン」では、こんな走力ぜんぜんなかった。激しい雨とぬかるみの中を走るのと、ふかふかの雪の上を走るのでは、同じ山でも状況が全く違う。「高尾山天狗トレイルラン」では完走に4時間以上かかった僕と、5時間以上かかったkwlskiさんが、「うひゃー」なんて歓声をあげながら走ってるぐらい楽しい。ふたりとも4ヶ月前は、冷たい雨と滑る勾配と沈む足下に苦戦して、一歩一歩、足を前に進めるだけでも大変だったのです。
が、山を知らない僕らビギナーは大失敗を犯してしまった。Tさん、Sさんと、はぐれてしまったのだ。
「待ってたほうがいいよね?」
「うーん、でもこの道を来るはずだから、先に行って待ってない?」
こんな感じで後続のふたりを待たずに、林道を調子にのって駆け下りてしまった僕ら。民家も見えてきた。ここは「天狗トレイル」のゴール地点だった日影沢キャンプ場? いや、違う。見知らぬ場所。出発地点から近いとも思えない光景。
「ゴールってどこか聞いてる?」とkwlskiさんから質問されても、「え、あ、聞いてない」
僕らは、走るコースもゴール地点の説明も受けずに走り出し、そしてはぐれてしまったのだ。
「ここで待ってれば大丈夫でしょ」と楽観的なkwlskiさんに対して、僕は「この場所であってるかわからないから、引き返しましょうよ」と怯える。
ふたりとも一銭も持ってない。携帯電話もない。着替えの服も鍵も全部、出発地点に駐車したTさんの車の中だ。Tさんたちに合流できないと、なにもできない。
こんな山の麓にも自動販売機があった。ふだんは自動販売機なんて気にならないのに、今お金があったら缶コーヒーを飲んで暖まりたいなんて思う。「とりあえず、動きましょう」と、僕らは下りてきた林道に戻り、30分ほど歩くも、Tさんたちの姿は見えない。こんなに時間差がつくわけはないし、僕らか、彼らが道を間違えたということだ。このまま出会えずに、日が暮れてきたらどうしよう。走ってきたルートを完全に逆走すれば、2時間あれば出発地点に戻れるだろう。Tさんの車のところにさえ戻れば、なんとかなるはず。でも、道を間違えずに戻れるかどうか。さっきより気温が低くなったように感じる。軍手が湿っているので、手先がしびれてくる。防寒着も持ってくるべきだった……。
スティーヴン・キングの小説『トム・ゴードンに恋した少女』を思い出す。母親と兄と一緒に日帰りでトレッキングに来た9歳の少女(ボストン・レッドソックスのリリーフ投手、トム・ゴードンの大ファン)が、トレイルを少し外れてしまったことから森の中で迷子になり、数日間、ひとりでサバイバルする話。僕らは9歳の女の子でもないし、林道をこのまま30分下りれば民家があることはわかってる。でも、Tさんたちに合流しなくちゃ……。
山を降りてきた子ども連れの夫婦とすれちがったときに、「僕らのようなトレランの格好をした二人組の男性にすれ違いませんでしたか?」と思いきって彼らに声をかけてみた。「いや、見てませんよ。もっと先に分岐点があるから、そこで間違えたんじゃないかな」
間違えたのなら、それは確実に僕らのほうだ。分岐点があったなんて全然気づかなかった。お礼を言って、僕らが見落としたその分岐点に向かうことにする。数百メートルほど登っていると、さっきの男性が下から駆け上がってきて、僕らを呼ぶ。「このまま、また山に戻って道に迷うと気温も低くなってくるし危ないから、一緒に山を降りて、私の車であなたたちの車のところまで送ってあげるから」と言う。なんという親切! プラスチックのソリを持った男の子と、おかあさんが林道の途中で待っていてくれた。自分の妻と小さな子どもを残して、通りすがりの僕らを心配して追ってきてくれて、車で送ってくれるなんて……。
林道を出たところに停めてあった彼らの車の後部座席に乗せてもらい、出発地点を説明する。それが我ながらとてもあやふや。「高尾駅からバスが通る道沿いで、日影沢キャンプ場を越えたところを右折して……」
それでも彼らは裏高尾の出発地点まで僕らを送ってくれました。感謝の言葉しか、ないです。
車にはたどりついて安堵。しかし、Tさん、Sさんの姿は見えない。車の横に、Tさんのリュックが置いてあることをkwlskiさんが見つけた。ということは、いったんここに戻ってきたはずだ。ならば、近くで僕らを探しているのだろうか? kwlskiさんには車のところで待っててもらって、僕はTさんとSさんを探すべく、小下沢林道に戻ってもういちど走り始めた。歩くには寒すぎる気温になっていた。
気がつくと午後3時を過ぎようとしていた。「Tさーん! Sさーん!」僕はときおり声を上げながら、山の奥に入っていく。下山するパーティに何組かすれ違った。前日が雪だったし、冬という季節もあり、この日、出会った誰もがトレッキングの装備をきちんとしている。防寒、防水の備え。一日ぐらいの遭難ならなんとかなりそうな構え。
Tさんもリュックの中に、熱いお湯の入ったポットを入れていたし、僕もトレランといっても「走る」以外の、山のための装備や、心がけをしなくちゃいけないよなと、そのころになって反省を始める。コースやゴール地点、緊急時の合流地点を確認することや、いざというときの連絡手段(トレイルの中では携帯電話は通じないようだけど)を持つこと、怪我や道に迷ったときのために防寒具や食料を持つことなど、課題が山積みだ。さっきまでは雪道を歓声あげて駆け下りてたのに、ひとつ道を踏み外したら、『トム・ゴードンに恋した少女』みたいな危険が待っているのかもしれない。「そう簡単には噛み付かせやしないからね」と、僕も主人公のあの少女のように思う。でも、そういう事態に落ち入らないために、できる工夫はしなくちゃ。
結局、30分ほど探してもTさん、Sさんは見つからずに、車まで戻る。車の横で待っていたkwlskiさんが両手で×を作っているのが見えて、まだ彼らが戻ってないことがわかり落胆する。僕らが遭難したと考えて、探してるんだろうか。やっぱり僕らが間違えた分岐点まで戻るべきだろうか。悩む。山の中に再び入るなら日が落ちる前に行かないと。この車のドアが開いたら濡れた服を着替えられるのに……。
そんなとき、僕らよりふたまわりほど年上のトレッキング・パーティが林道を下りてきた。男女あわせて7人。僕らの顔を見ると、女性たちが「あなたたちみたいな格好をしたふたりが、鍵をなくしたって探してたわよ」「小下沢キャンプ場のあたりにいたの」と、口々にTさんとSさんのことを伝えてくれた。
どうやら、Tさんが車のキーを山の中で落したらしい。ここまで一度戻ってきて、キーがないことに気づいてまたコースに戻ったということだろうか。僕らが遭難したのかと捜索しているのでも、Tさんたちが遭難してるのでもないことがわかって、少し安心した。僕らも鍵探しに合流したいけど、彼らも移動しながら探してるだろうから会うのは難しいと判断して、そのまま車の横で帰りを待つことにした。鍵が見つかるといいけど。
そしてここでも驚きの親切が! 先ほどの女性たちが、わざわざ道を引き返して僕らに、キャンディーや、携帯カイロ、それにテレフォンカードを渡してくれたのです。「寒いでしょうから」とか、「道まで下りてこれでJAFに連絡したら」などと言ってくれて。本当に親切が身にしみます。kwlskiさんと、「これからは絶対に人に優しくしよう!」なんて話しながら、カイロを背中に貼り、キャンディーを舐めて待っていると、林道の向こうからTさんが歩いてくるのが見えた!
僕らは駆け寄る。鍵は見つかったこと、やはり僕らが分岐点で林道へと間違えた方向に下りてしまったことを知る。Sさんとは別れて鍵を探していたので、これから携帯電話で連絡するとのこと。よかった!
僕らはTさんから熱いお湯をもらって飲み、濡れた服を着替えた。Sさんとは小下沢林道入り口で合流することになった。朝の9時30分に走り始めて6時間が過ぎた午後4時前、Sさん帰還。彼の手にはどこかで仕入れてきたおからドーナッツがあった。
山の中を走る気持ちよさと、山への対策の未熟さをしっかりと味わった日だった。いちばんうれしかったのは、人の親切さ。僕はもらうだけで(ドーナツも美味しかった!)何もお返しできなかったけど、今度山に来るときは困った人がいたら何かできるように考えて準備しておきます。とにかく、すごく充実した一日でした。