「BEAUTIFUL STAR」

8月15日は早朝7時前に築地の本願寺へ。
8月23日の「本願寺ライヴ」入場券を入手しに行きました。
このチケット入手方法すごくいいと思う。〈晨朝勤行(じんじょうごんぎょう:毎朝7:00〜)にご参拝いただいた方を対象に入場券の先行配布を行います。〉と書いてあるけど、「参拝」は強制的ではないです。入場券自体無料だし。僕は「晨朝勤行」を受けたけど、お経の響きのあまりの心地よさに魂はちょっと違う世界に行ってました。
夜は新宿MARZFUNKISTを観に行きました。
ステージ上で、「すごい発汗量!」って西郷どんは言ってたけど、君の汗は目からも出るのか。
西郷どんに会うのは、「ナタリー」でのインタビュー以来。だってメジャーデビュー記念のフリーライヴには、「のびのびイルコモンズ」デモで行けなかったから。みんなG8が悪い!(合い言葉)
どんなミュージシャンだってそうだろうけど、CDには記録できないものがある。今夜のステージ、最初の3曲はそのメジャーシングルの曲順通りだったけど、演奏、観客の反応、熱いMC(まぬけなMCもある)などによって、メッセージはさらに明確に、強力に伝わる。
「ひとつになろう」と彼らは歌うけど、その一方で、「君にしかできないことがある」「僕にしかできないことはある」とも歌う。「君」が「君であること」がいちばん大事だということを西郷どんは知っている。つまり、ひとりひとりが「BEAUTIFUL STAR」だってこと。ひとりひとりみんな違う。だから対話が必要であり、音楽がひとりひとりを繋ぐ。 今日初めて聴いたこの新曲がいちばん良かった。受信してからの想像力の伸びがダントツだった。こうやって最新曲がいちばんいい曲を出して来られたら次も観に行きたくなる。FUNKISTどんどん良くなる予感。
いま読んでるスーザン・ジョージ『オルター・グローバリゼーション宣言』という本がとても面白い。サブタイトルは「もうひとつの世界は可能だ! もし……」です。
ちなみに僕のいまのヒーローのひとり、イルコモンズに出会ったきっかけ、僕が偶然手にとった雑誌に載っていた彼の連載コラムのタイトルは「もうひとつの世界はいつでもとっくに可能だ」。
さっきの「ナタリー」でのインタビューFUNKIST西郷どんは、〈20歳のときに初めて母の故郷、南アフリカにひとりで行って、それまでは「飢餓」や「貧困」というのはテレビの中の世界でした……。バナナトレイン(バナナ畑の中を走る観光用の列車)に乗ったんです。観光客たちが車内から投げるお菓子を、線路際に立って待っている子供たちがいる。僕は子供の眼を直に見て、彼女の瞳には僕が映っている。その瞬間に、僕は無関心でいることはできないと思ったんです。これが自分の故郷だということがショックだったんです。そのときに「世界を変えたい」と本当に思ったし、その瞬間からこれをどう伝えていこう、どうやったら変えられるだろうかという旅がずっと続いています〉と語っていた。
ボブ・マーリィでいうと、「THEM BELLY FULL(BUT WE HUNGRY)」でありながら、「ONE LOVE」と歌うこと。彼らは満腹、でも俺らは腹ぺこと、いう状況の中で「ONE LOVE」と歌う意味。
世界を変えることは「可能」と信じ、そのための方法を考え、動く人たちは僕にとって「BEAUTIFUL STAR」です。
8月16日の夜は、代官山の「晴れたら空に豆まいて」というライヴハウスに行ってきました。
この店に行くのはじめて。開演時間を間違えて記憶していて、ライヴの前に寄ろうと思っていた店に行くのはキャンセル。6月も、いとうせいこうポメラニアンズのライヴ会場を恵比寿リキッドと間違えて行ってしまったし(本当は代官山UNITだった。近くて良かった)、なんか磁場が狂う街、代官山。
沢知恵さんの歌を聴くの初めて、と思ってたけど、いま思い出した。2003年にSHIBUYA-AXで観たことあった。しかもそのレポート自分で書いてたし。バカか、俺。
阪神淡路大震災のあと、知人から送られてきたカセットテープでこの曲(「満月の夕」)を知り、自身のコンサートで演奏するようになったのですが、当時は「涙は出てきても言葉が出てこない」状態でピアノのみ。それが2001年9月11日の同時多発テロから数日後のコンサートで、知らず知らずのうちに言葉が出てきて、歌えるようになったそうです。「瓦礫の中から立ち上がる世界の人たちの歌、一筋の希望の光」と、話していました。〉
ピアノ弾き語り。でも歌わないでピアノだけの曲もある。
最初、なんとなく「繊細な女性」というイメージがあったけど、それに今夜ライヴを観て付け加えるとするなら「感じたこと、思ったことはきちんと言う」人。きりっとしてる。すっと立ってる(ピアノ弾くときはもちろん座るけど)ユーモアもある。「仲良くなりたい人」だって思いながら観てた。
沢さんは先週、瀬戸内海に浮かぶ島の中にあるハンセン病の療養所でコンサートを開いてきたそうです。
彼女は生後6ヶ月のときに父親に連れられて以来ここに通ってるそうです。子どもを持つことを許されず、故郷からも追われてここに来た人たちは、彼女の訪問を自分たちの子どものようにいつも歓迎してくれていたそうです。
そのMCを聴きながら、僕は岡村淳監督のブラジルのドキュメンタリー映画『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』や、若き日のゲバラの南米縦断旅行を描いた映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』の中のハンセン病療養所のシーンを思い出していました。
いま沢さんのサイト内をチェックしたら、彼女のお父さんが牧師で、この島の療養所で若い頃にボランティアをしてたとのこと。
今夜は沢さんの「満月の夕」と、アンコールでの山口洋・沢さんの「満月の夕」と2回聴けた。いい歌だ。
久しぶりに聴いたヒートウェイヴ「MR. SONGWRITER」という曲の、
新しい息をして 新しい歌を書こうじゃないか
武器にも薬にもなる言葉を探そうじゃないか
あのどうしようもない糞ったれどもに
本物の苦痛をプレゼントしてやろうじゃないか
ヘィ ミスターソングライター
いつか笑いと想像力が風になり
この世を吹き抜けるのが見たい
それがあんたや俺を動かしてるのなら
やりたいことをやるだけさ
という歌詞もいいなあと思った。
「本物の苦痛をプレゼントしてやろう」というフレーズは、いまの僕なら「もうひとつの世界はとっくに可能だ」とか、「革命後の世界を、いま、ここに現出させてやる」なんてほうが魅力的だけど。
とにかく、どんなに「THEM BELLY FULL(BUT WE HUNGRY)」でも僕から奪えないものがある。それが僕をも動かしている。
いろんな人に会えた。いい知らせも聞けた。ずっと印刷でお世話になった人が書いた詩集も頂いた(彼が詩人だなんて知らなかった!)。