ホンジュラス

昨年10月の宮沢和史 MIYAZAWA-SICK(現GANGA ZUMBA)のブラジル、ホンジュラスニカラグア、メキシコ、キューバを巡る中南米ツアー。このツアーのドキュメンタリー映像が現在、GyaO TVで各国約15分ずつ、隔週更新で無料配信されています。現在はツアー二カ国目のホンジュラス
http://www.gyao.jp/music/miyazawa/
ホンジュラスに関して僕にはまったく知識がない。首都の名前がテグシガルパということでさえ、このツアースケジュールを見て初めて知った。宮沢和史にとっても初めての地であり、日本のロックバンド(多国籍な宮沢のバンドを「日本のバンド」と言うのも正しくないが)がホンジュラスでライヴをするのも初めてのことだと思う。
GyaO TVでの映像は、テグシガルパの空港到着シーンから始まる。ブラジル・サンパウロからメキシコシティサンサルバドルエルサルバドル)を経由しての到着。
http://www.five-d.co.jp/miyazawa/jp/blog/la2005/archives/2005_1011_1235.php
バンドはニカラグアのテレビ局からの取材で出迎えられる( その後、同局制作のドキュメンタリー番組がニカラグア国内で放送されたそうだ)。思いがけない歓迎。だが、空港からホテルへの移動中の車内で、日本大使館の職員から「テグシガルパは危険なので日中も出歩かないように」という注意を受ける。食事中、美しい夜景の中に銃声が聞こえる。町にはマシンガンを持って立つ民間のガードマンや軍人の姿。
(前略)ところが食事中、銃声が聞こえてきた。それも一度や二度ではない。小高い丘に立つ僕は、首都テグシガルパを眺めているようでいて、まだ何も見ていなかったのだ。真っ暗な闇に浮かぶオレンジ色の明かりしか見ていなかったのだ。
 次の日の公演が少し心配になりだした。「明日はどんな人たちが集まってくるのだろう?」想像しようにも頭には何も浮かんでこない。それも当然だ。この明かりと銃声だけがその時点で僕が持っているホンジュラスの情報のすべてなのだから。
 結局その日は、それ以上何もインプットできないまま寝た。一歩も外に出られないんじゃあ、何もインプットできやしない。
宮沢和史「言の葉摘み 28」小説新潮
翌朝、宮沢はテレビ局で番組に生出演。バンドはホテルから会場へバスで移動し、テグシガルパの街を歩くこともなく、ホンジュラスの人たちと知り合うことなく、本番を迎える。不安が募る。
しかし、その不安はまったくの杞憂となる。国立劇場を埋め尽くした人たちの熱狂によって、そのライヴは「夢の中にいるのではと頬をつねってみたくなるほどの、最高のコンサート」(宮沢)となった。
そのドキュメント映像をこのGyaO TVで見ることができる(ホンジュラス編は7月25日正午まで)。僕がミュージシャンだったら……一生、音楽を続けていこうと思うだろうな。そんな瞬間を目撃できる。
http://www.five-d.co.jp/miyazawa/jp/blog/la2005/archives/2005_1011_1315.php
バンドはこのライヴの翌日、すぐに今度はニカラグアへ移動(ホンジュラスの隣国なのにまたサンサルバドルを経由)。
ニカラグアでの出来事は、増山理人さんに「エセコミ38号」で書いていただいた。その映像は7月25日から配信。
僕がバンドと合流するのはさらにそのあと、メキシコになる。
写真はメキシコシティのタコス屋台。すごく美味しかった!
メキシコで僕がtatsuさんにしたインタビュー(ホンジュラスでのライヴについて)はこちらです。高野寛ホンジュラス日記はこちら