KLF


(前略)年譜を追っていただければわかると思うけれど、彼らの行動のほとんどは、まったくの衝動的なものだし、神の予言者から湾岸戦争に至るまで、大量生産の世の中を維持しようとしてきた人たちが落ちていった穴に徹底的にチャチャを入れているだけだ。そして、コペンハーゲンのクラブで客たちに機材を投げつけたエピソードからも窺えるように、返す刀でインディー・キッズたちの新たな小市民性にも同等の怒りをぶつけ、「なぜ羊なのか?」という問いを重ね、さらに3枚限定だの、12枚限定だのといったインディー文化への皮肉としか思えない“商品”の乱発によって“インディー・ファンタージエン”が安住の地ではないことを、つまりは誰かさんたちの心の中にできた虚構でしかないことを暴こうとしている、それがザ・KLFなのだ。沈んでしまったムー大陸の仲間を探して回っているのだという、彼ら流のロマンスも実は大工をやっていた頃にパンク・バンド=クラッシュのライヴを体験して、その夜にはもうバンドを結成してしまったという時の自分と同じままでいる人間を捜して回っているという本物のロマンスなのかもしれない。ザ・KLFのサウンドがどうしても寂しい響きを帯びているのは、そうした彼らが“現実に”おいて味わっている心情が正確に表れているだけの結果なのかもしれないが。(後略)
(1992年の音楽雑誌『PUMP』KLF特集の中から、三田格さんの文章の一部を無断転載)
三田さん水越さん野田さんが構成したこの4ページのKLF特集(とにかく年表が嬉しかった)のために、当時この雑誌を買い、しかもいままで保存してあったということを思い出した日でした。『remix』や『STUDIO VOICE』に繋がる彼ら執筆陣や編集者がいなかったら、僕はパブリック・エナミーも聴かず、バングラ・ビートにも出会ってなかっただろうな。彼らが紹介する音楽によって僕はもうひとつの世界に出会っていたのです。